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仙台高等裁判所 昭和26年(う)558号 判決

控訴人 被告人 橋本幸吉

弁護人 木村美根三

検察官 西海枝芳男関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人木村美根三の控訴趣意は別紙記載のとおりである。

原判決が証拠に引用した被告人の司法警察員及び検察官に対する各第一、二回供述調書中の被告人の供述記載によれば原判示犯罪事実のごとく被告人は参議院議員選挙の立候補者に当選を得しめる目的を以て投票竝選挙運動方を依頼する報酬であるの情を知りながら金千五百円を受領した事実を認めることが出来る。しかして右判決は其の事実認定の証拠として被告人の右自白の外原審第二回公判調書中の証人山内啓助の供述記載を挙げているのであつて同調書によれば山内啓助は自由党に所属し同党青森支部副幹事長をやつていて県会議員であり昭和二十五年六月四日施行の参議院議員選挙では自由党から青森地方区として近藤喜一、全国区として松尾節三の両名を立候補せしめ其の当選を得せしめるため選挙運動に参加したが同年五月下旬頃立花竹蔵を通じて貸借関係もない被告人に現金千五百円をやつた事実を認定しうるのであるから原審は被告人の自白を唯一の証拠として右犯罪事実を認定したものではない。もつとも右証人の供述自体では被告人が投票竝選挙運動方を依頼する報酬であるの情を知りながら金員を受領した事実を直接認定することは出来ないけれども自白を補強すべき証拠は必ずしも自白にかかる犯罪組成事実の全部に亘つて、もれなく之を裏付けするものでなければならないものではなく、自白にかかる事実の真実性を保障しうるもの換言すれば其の事実が架空のものでないことを推認しうるものであれば足りると解すべきであるから右証人の供述記載により被告人が参議院議員選挙日の数日前に選挙運動者山内啓助から立花竹蔵を通じ金千五百円を受領した事実が認められ被告人の自白が架空の事実に関するものでないことは明らかであるから右証人の供述は被告人の自白の補強証拠として十分であるといわねばならない。よつて此の点に関する論旨は理由がない。

なお所論は前記被告人の自白調書は取調官の誘導強迫に基くものであるから任意性を欠くので証拠とすることが出来ないのに証拠としている違法があるというのであるが原審第二回公判調書の記載によれば被告人は取調官より右供述調書を全部読み聴かせられた上自分で署名押印した事実を認められるのであつて、仮りに自白に先立ち誘導的質問があつたとしても必ずしも自白の任意性を喪失するものと断ずるは早計である。記録を通覧するに本件につき右自白調書が取調官の誘導ないし強迫の下に作成された状況の存しないことを窮知しうるのであるから原審が其の任意性を認めて断罪の資料に供したのは洵に相当であつて所論のような違法は存しない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に基き本件控訴を棄却すべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 檀崎喜作)

弁護人木村美根三の控訴趣意

一、原判決は被告の自白を唯一の証拠として有罪の判決を言渡したものであり憲法第三十八条及刑事訴訟法第三百十九条に違反している。即ち原判決が認定した犯罪事実を要約すれば「被告人は参議院議員候補者近藤喜一、松尾節三両名の選挙運動者であつた山内啓助から右両名の選挙運動依頼の報酬として昭和二十五年五月下旬頃、被告人宅に於て情を知らない立花竹蔵を介して金千五百円の交付を受け、情を知りながらこれを受領した」と云うのである。而してこれが証拠として (一)第二回公判調書中の証人山内啓助の供述記載 (二)被告人の司法警察員に対する第一、第二回各供述調書 (三)被告人の検察官に対する第一、第二回各供述調書を摘示している。然しながら右証拠によれば原審に於ける証人山内啓助の供述記載によれば、問 証人は党の意志に従つて両候補者を当選させる為の選挙運動に参加したか 答 はい、参加しました 問 (中略)去年の五月下旬頃、立花竹蔵を通じて被告人に現金千五百円をやつたことがあるか 答 御座居ます 問 どういう趣旨でやつたか 答 橋本君が長い間病気で寝ていると話を聞いたので、自分が小学校長をしていた当時は非常にお世話になつた方であるから川内町役場で立花君にお見舞だといつて渡してくれと頼んでやつたのです(中略) 問 するとその金は選挙には全然関係なくやつたのか 答 そうです と述べておるに止まり、山内啓助が選挙運動者であつたこと並に立花竹蔵を介して金千五百円を被告人に交付した事実は認め得られるけれども「選挙運動の報酬」として被告人が「情を知りながら」これを受領した事実は認め得られない。唯僅に司法警察員に対する被告人の第一回供述調書に依り「私はそれは選挙に関したつまり投票してくれと云う意味の金であると判つたので、立花にその金は受取られないから持つて行つてくれと断つたが、立花は折角寄越したのだから受取つた方が良かろうと云つて帰つて行きました」とあり又検察官に対する第一回供述調書により「千五百円を私に渡したが、この際右立花は只これを山内から預つて来たと云つた丈でそれ以外は何も云いませんでした。此の金はつまり選挙に関して投票してくれと云う意味の金だと判つたので」とあるだけで、他には何等の証拠がない。即ち原審の認定した犯罪事実は自己に不利益な被告人の自白を唯一の証拠としてこれを認定しもので所謂法令の適用に誤りがあり、而もその誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから到底破棄を免れないと確信する。

二、即ち被告人は立花竹蔵が情を知らないと同様何等情を知らずに見舞金として同人から金千五百円を受取つたもので公職選挙法第二百二十一条第一項第四号に該当しないものである。原審の挙証する被告人の自白調書は何れも取調係官の誘導に基くもので全く任意性を欠き原審は証拠とすることができないものを証拠としている違法がある。

三、以上の次第であつて結局本件は犯罪の証明がないのであるから被告に対し無罪の判決を賜わり度く懇願する次第である。

弁護人木村美根三の控訴趣意補充書

一、所謂補強証拠は必ずしも自白にかゝる犯罪事実の全部にわたつてもれなく裏づけることが必要ではないが、少くとも被告人の自白した犯罪が現実に行われたものであることを証する必要のあることは近時判例の示すところである(最高裁判所判例昭和二三(れ)六七八号事件、昭和二四(れ)一三五四事件、大阪高等裁判所二五( )九三号事件参照)。

二、然し本件のように被告人が公判廷に於て否認しておる公職選挙法違反(買収容疑)の事件に於ては選挙に関連したものであつたかどうかは最も重要な犯罪構成要件であつて、これを自白のみで充分であるとすることは苟も法が架空の事実を認定することの危険を慮つたものであるとする以上、法の精神に反する解釈であつて少なくとも選挙に関連するものであつたとする裏付の補強証拠を必要とするものと云わなければならない。

三、然るに本件に於て自白以外の所謂補強証拠として挙げているのは証人山内啓助の証言のみであつて、而もその内容は被告人に対する病気見舞金を立花竹蔵に交付したというに止まり選挙に関連するものであつたとする何等の証言がない。而も他の二つの証拠は何れも被告人が法廷外に於て一は司法警察官の面前で他は検察官の面前での所謂自白調書であつて、これのみでは有罪とすることが出来ないところのものである。原審は以上三つの証拠を標示して被告人が情を知らない立花竹蔵から情を知りながら交付を受けたと断じたことは証拠に依らずして事実を認定した違法があると云わなければならない。右は唯に刑事訴訟法第三百十九条第二項に違反しているばかりでなく同法第三百十七条にも違反している。

四、況んや右所謂自白調書は司法警察官及検察官の誘導強迫に依つて供述せしめられたもので、その任意性を欠き到底証拠とすることの出来ないもので刑事訴訟法第三百十九条第一項にも違反しているに於ておや。

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